「国際社会では口元の美しさは身だしなみ。歯並びが悪いと、それだけでマイナス評価を下されるのが一般的」。
そう聞くと、驚かれる人は多いのではないでしょうか。
日本人としては、「歯並びが評価に影響するの?」と不思議に思えますが、欧米を中心とした世界基準で考えると、むしろ不思議なのは歯に無頓着な日本人なのだといわれます。世界できれいな歯並びが「身だしなみ」として重視されるには相応の理由があり、決して「歯並びぐらいで大げさな…」と軽んじられない事情があります。
口元の美しさは、海外ではどれぐらい大事にされているのでしょうか?また、なぜ重視されるのでしょうか?
日本矯正歯科学会認定医であり、2017年4月に「国際人になりたければ英語力より歯を”磨け” 世界で活躍する人の『デンタルケア』」(幻冬舎)を出版した宮島悠旗先生に詳しい話を聞きました。
なぜ国際人は英語力より先に歯を磨くべきなのか?
――「英語力より歯」というのは刺激的なタイトルですね。
「口元の美しさ」が世界でいかに重視されているのかをしっかり伝えることで、歯も身だしなみの一環として考えてもらいたいとの思いから、このタイトルにしました。
日本人は基本的に清潔で、身だしなみもしっかりしている国民だと思います。特に女性は、洋服や化粧品、美容、エステなど、すごく気を配っていらっしゃいますよね。その気遣いは世界でもトップレベルだと思うのですが、なぜか歯だけがそこから除外されているのです。
――実際のところ、世界では歯並びの良さや悪さは、どのように受け止められるのでしょうか。
歯並びが悪いのは、例えるなら汚い洋服を着ているとか、汚れた靴を履いているのと同じことです。海外の人からすると、「身だしなみが整っていない」と受け止められます。すごく仕事ができる方であっても、歯並びが悪いだけで「だらしがない」「自己管理能力が低い」というイメージを持たれてしまうんですね。
さらに、アメリカでは子供が生まれると親は教育費といっしょに矯正費用を貯金するのが一般的です。子供が成人するまでに矯正するのが常識となっていますので、歯並びが悪いと「矯正もできないほど貧しい家庭で育ったのか…」と見られることも珍しくありません。
服や靴などにはすごく気を使うのに、歯並びに無頓着な日本人を見て、海外の方の多くは「お金がないわけじゃないのに、なぜ歯並びは悪いままで気にならないの?」と感じるのです。
――受け止め方の違いは、西洋・東洋の「文化の違い」ではないのですか?
確かに、歯に対する意識の違いが生まれた背景に文化の影響はあると思います。
ただ、隣の韓国では歯並びを直すのは当たり前と考えられていますし、歯に無頓着なのは先進国の中でも日本だけなので、すべて文化の違いが原因ともいえません。
近年、海外から働きに来ている方や観光客は増えていますので、外国の方と関わる機会は増えているのではないでしょうか。そんな中、歯並びが悪いがゆえに悪い印象を持たれてしまうのは、とてももったいないことです。
それに、歯並びは見た目だけの問題ではありません。健康面からも決して軽視できるものではないのです。
「歯並びが良い人」が「ちゃんとした人」の理由
――歯並びが全身の健康にも影響するということですか?
そうです。例えば、成人病のひとつである糖尿病は、歯周病と非常に深い関係があります。
昔から「歯周病になると糖尿病になりやすい」といわれていますし、糖尿病になって医師にかかると、歯科に理解のある先生なら、必ず歯周病を先に治療しなさいとおっしゃいます。
現在、日本人は軽いものも含めると、成人の約8割が歯周病といわれていますが、歯周病を予防できれば糖尿病も予防できるんですよね。そして歯周病は、歯並びや噛み合わせが悪いことが大きな原因となっているのです。
さらに、噛み合わせの悪さは、全身のバランスにも影響を与えます。噛み合わせが悪いとあごの位置がずれてしまうことがあるのですが、私たちの体は繊細で、あごの位置がずれるとほかの箇所をずらしてバランスを取ろうとするんです。逆もまた然りで、いつも姿勢が悪いなどで体のバランスが崩れていれば、歯並びやあごの成長にも悪影響が出てきます。
――姿勢などの生活習慣も、歯並びが悪くなる原因になっていると?
そうです。よく歯並びは遺伝が原因だといわれますが、遺伝は原因のひとつです。生まれてからどう生活してきたかということのほうが、遺伝より断然大きく歯並びに影響します。「離乳食をどう食べさせられてきたのか」「食事のときにどういう姿勢だったのか」、また「どう寝かせられてきたのか」というのも生活習慣です。
例えば、子供のころから食事をしながら水やお茶を飲むことが習慣化していると、本来はもっと噛まないといけないのに、途中で水やお茶で流し込んでしまうために噛む回数が少なくなり、あごがしっかり発達しなかったり、舌や口の周りの筋肉が十分に発育しなかったりします。
舌の運動が正しくできないと、下顎が前に出る「受け口」や「出っ歯」になるなど、さまざまな悪影響が出ます。そうした習慣は生活の中に多くあるため、歯並びをきれいに直したとしても、悪い習慣を持ったままだと元に戻ってしまうんです。
――だから歯並びが悪いと「だらしない人」という評価になるわけですか?
海外の方も、そんな細かいところまでは理解していないでしょうけど、概ねそうでしょうね。逆に歯並びが良い人は、先進国では「ちゃんとした生活をしている人」と評価されます。
矯正治療の進化は、歯科医師の真価を明らかにする
――歯並びは治療したほうがいいと思いますが、矯正治療は痛そうだし時間もかかりそうで、二の足を踏んでしまいます。
矯正装置(ブラケット)やワイヤー素材の進歩、マウスピースを使った矯正方法の登場などにより、弱い力で歯を動かせるようになっています。具体的には、歯科用接着剤の材料が進化したことで、小さい形態のブラケットでも歯にしっかりと接着できるようになり、形状記憶合金ワイヤーが開発されたことで複雑に曲げたワイヤーを口の中で使用する必要がなくなりました。つまり、矯正治療の痛みや違和感は、昔に比べて格段に少なくなっています。
今、子供を矯正に連れてくるお母さんたちは、昔の矯正装置を使っていた世代です。そのため、「矯正はすごく痛いもの」という認識を持っている方が多いのですが、矯正治療の技術は10年前に比べても大きく進歩しています。お母さんたちが「痛い矯正治療」に苦しんだ時代と比べれば、雲泥の差があります。治療に必要な時間についても、器具や装置の進歩により、以前より大幅に短くなっています。
――治療法も進化しているのですね?
はい。ただ、中には昭和のやり方を続けている歯科医師もいます。
今の時代、どの歯科医院でも痛みの少ない矯正治療が受けられるのかといえば、そういうわけではありません。矯正に限らず一般治療についても、クリニックごとの違いは大きいですが、残念ながら一般の患者さんには情報が十分に伝わっていないため、患者さんからすると違いはほとんどわからないのではないかと思います。
同様に、今の歯科界は新しい知識や技術が開発されても、学会で発表されるだけで一般の人がその情報を知る機会はほとんどありません。本でも紹介していますが、歯並びを悪くしてしまう習慣もわかってはいるのです。ただ、1歳半検診や3歳児検診では教えてくれません。さらに、今の矯正治療は、昔に比べて格段に痛みや違和感が少ないこと、そして海外では歯並びの悪さが低い評価につながることも、一般の人にはまったく伝わっていないのが日本の現状です。新しい情報が届かないから歯に対する意識も高まらないし、歯医者さんに行ってみようという気にならないのです。
――本を書かれたのは、そんな現状を変えるためですか?
そのとおりです。私はフリーの矯正専門歯科医師になるまえ、2012年までは東北大学病院で新技術の研究に携わっていました。しかし、その成果は自分が直接診療を担当する患者さん以外に伝わっていないと感じていました。ですから、一般の人に知ってもらえる場所で情報発信をしないとダメだと考え、正しい情報を届けることをコンセプトにさまざまな挑戦を始めました。本もその試みのひとつです。
町の歯科医院も、以前は一人の歯科医師がなんでもこなすのが主流でした。ですが、今は得意分野を持つ歯科医同士が協力し合って、チーム医療を行うスタイルへと変わりつつあります。
私自身は、矯正のスペシャリストとして活躍できる可能性を感じているのですが、ほとんどの方にそういう変化は伝わっていません。多くの方は、「歯科医ならどんな治療もできる」と考えていると思いますが、歯科医院を選ぶときは、どんな治療が得意な先生かを確認するのは大事なポイントです。
本では、歯並びに対する日本と世界の感覚のずれを中心に、歯並びに影響する習慣から歯科矯正の最新情報まで、「知られていないけれど大事なこと」をできる限りわかりやすく紹介したつもりです。これをきっかけに、口元の身だしなみに気を配る人が、一人でも増えてくれればうれしい限りです。