【医師が解説】「人類の歴史は、病気との闘いの歴史」医学とテクノロジーの密接な関係

 
医学とテクノロジーの進歩により、不治の病と言われた「がん治療」は変わりつつあります。2020年2月15日(土)、江戸川病院主催の講演会が開かれました。
 
本講演では、江戸川病院腫瘍血液内科医長の後藤 宏顕(ごとう ひろあき)医師が登壇し、「次世代がん治療」について解説します。本パートでは、医学とテクノロジーの関係について取り上げています。
 
後藤医師は、日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医、そして日本緩和医療学会認定 緩和医療専門医のふたつの専門医資格を持ち、がんに伴う身体と心のつらさに向き合っています。

「医学とテクノロジーの発達は切っても切れない関係」次世代がん治療について、後藤医師が解説

後藤 宏顕 医師:皆様こんにちは。後藤と申します。私に与えられたテーマは、次世代がん治療についてです。検診もとても大切ですが、その先の治療について新しいことを重点的にお話していきます。

人類の歴史は、病気との闘いの歴史

がん治療のお話の前に、新型コロナウイルスが大変話題になっています。人類の歴史は、色々な病気との闘いの歴史でもありました。
 
人類の歴史の中で、医学の発達は切っても切れないものだと思います。このふたつがそれぞれに影響し合って、成長してきました。
 
まず、不治の病と言われている病気についてお話します。私には尊敬しているドクターがいますが、それは野口 英世(のぐち ひでよ)です。

この方は、福島県生まれのスーパースターです。彼は、梅毒の発見をしました。
 
当時、梅毒が感染症であるということは分かっていたのですが、患者さんが後々意識障害を起こす理由が分かりませんでした。
 
そこで、彼は亡くなった患者さんの脳を取り出して、細かく調べ上げ、その中に梅毒の菌を見つけます。そして、梅毒がどうやって変化していくのか、どう病気をひき起こすのか、解明に繋げています。
 
ノーベル賞を取れていませんが、彼は30代でノーベル賞に2回ノミネートされています。そして、彼は51歳のときに、黄熱病で西アフリカのガーナで亡くなります。
 
黄熱病を発見して退治したいという想いで西アフリカのガーナへ向かったのですが、彼自身もこの感染症にかかってしまいます。

医学とテクノロジーの発達

なぜ、黄熱病が見つけられなかったのか、それは黄熱病がウイルスによって起こる病気だからです。当時、ウイルスは顕微鏡で見ることができませんでした。
 
従って、医学とテクノロジーの発達は切っても切れない関係と言えます。当時、いくら目を凝らして顕微鏡を覗いても、分からなかったと思いますが、テクノロジーの発達により今は分かるようになりました。
 
テクノロジーはとても大事です。がんは、不治の病と言われていた10年前や20年前からだいぶ変わってきています。それはなぜかというと、テクノロジーの進歩です。
 
昔描いていた未来の医療、それぞれの方に合った適切な医療が徐々に近づいていることをお話します。本日のテーマは「がんゲノム医療」「免疫チェックポイント阻害薬」についてです。
 
自己紹介させていただきます。私、後藤 宏顕(ごとう ひろあき)です。江戸川病院に10年くらい勤めている、腫瘍内科医です。
 
2020年1月から放送されている『アライブ』というドラマがあります。見たことある方もいらっしゃるかも知れません。
 
ドラマは、だいたい外科医や救命医のような、患者さんを助けるかっこいいところをクローズアップしたものが多いと思いますが、これは初めて腫瘍内科医が主人公になったドラマです。内科医ですが、がん専門に扱っている医師です。
 
私は、がん薬物療法専門医というものを持っています。簡単に言うとがん専門医です。がんの診断から治療、マネジメントを行います。
 
例えば、この症例はこの治療によって手術できるかどうか、全身コントロールしながら適切に振り分けをするのが、がん薬物療法専門医です。日本国内に1,329名います。アメリカに比べたら圧倒的に少ないです。
 
そして、もうひとつ緩和医療専門医というものも持っています。これはさらに少なくて、日本国内に244名です。緩和医療専門医がいない県もあります。
 
がん薬物療法専門医と緩和医療専門医のふたつ持っている医師は、日本で数名しかいません。昔からある江戸川病院ですが、他に劣らない医療を受けられると思います。

がんゲノム医療とは?「がんは遺伝子(ゲノム)の病気」とも言える

さて、本題に入ります。がんゲノム医療についてお話します。ゲノムとカタカナで言われてしまうと分かりづらいと思います。
 
人間の身体はどう構成されているでしょうか、大部分が水分だということはご存知だと思います。水分が減ると脱水症状になり、具合が悪くなります。熱中症にならないように水分を取りましょうとCMでも言われていますね。
 
確かに水分も多いですが、脂質も多いです。そして、それ以外はタンパク質です。筋肉、骨、臓器、皮ふ、爪などは、全てタンパク質で作られています。

がんは、遺伝子が傷つくということ

タンパク質は遺伝子から作られ、遺伝子の中に「こういう臓器を作りますよ。」という情報が組み込まれています。
 
その遺伝子から色々な過程を経て、臓器や筋肉など身体ができていきます。大切なおおもとの記録媒体が遺伝子です。
 
遺伝子をドイツ語でゲノムと言います。この遺伝子に、傷がつくとどうなるか?
 
もともと遺伝子から人間の身体の構造が出来ていますので、そのおおもとの記録媒体が間違ってしまうと、間違ったものができてしまいます。これががんの発生です。
 
色々な経過を辿りますが、がんは遺伝子(ゲノム)の病気とも言えます。遺伝子が何かのミスを犯し、間違ったものを作ってしまい、がんを発生させます。
 
しかし、遺伝子の病気だからと言って、これが遺伝するわけではありません。生まれながらに持っている遺伝子が、生活の中で変わっていってしまうものです。

「喫煙、感染症、食事内容、薬剤、紫外線」これらは遺伝子が傷つく要因となる

では、どのような理由で遺伝子に傷がつくのでしょうか?まず、喫煙です。そして感染症、胃がんはピロリ菌が原因のひとつです。
 
食事内容も遺伝子が傷つく原因のひとつです。有名なお話で、日本からハワイに移住した日本人で、同じ時期に何か変わったことがないかという調査がありました。
 
その調査の結果、ハワイに移った人は大腸がんのリスクが上がっていました。ハワイで生まれたわけではなく、もともと日本にいた同じ日本人です。
 
色々調べると、どうやら食事の欧米化によって肉類を食べることが、がんの原因のひとつとしてあるようです。日本人は昔から魚類をよく食べていましたから、がんになりにくかった一面があったと思います。
 
肉類をよく食べる欧米化で、色々ながんが増えてきたという可能性は十分にあると思います。
 
しかし、肉を食べなければいいかと言うと、肉はタンパク質ですから大事です。筋肉を作るうえで、肉は必要です。私も患者さんによくおすすめしています。
 
ただ、加工肉はあまり良くないのではないか、ということは言われています。ハムやソーセージの食べすぎはよくないです。ある程度、日常的に普通に食べる分には問題ないようです。
 
そういった食事内容によっても、遺伝子が傷ついてがんになる可能性があります。
 
あとは、薬剤紫外線です。お薬は病気を治すためのものですが、がんをやっつける抗がん剤によって、別のがんが引き起こされることもあります。
 
そして、紫外線によって、皮膚がんになることもあります。

ごくまれに、一部で遺伝する可能性もある

がんは遺伝することはないとお話しましたが、一部で遺伝する疾患もあります。「遺伝性乳癌卵巣癌症候群」「リンチ症候群」というものです。

「遺伝性乳癌卵巣癌症候群」は、アンジェリーナ・ジョリーというアメリカの女優が、両側の乳房と卵巣を摘出したことで話題になりました。彼女は、BRCA(ビーアールシーエー)という遺伝子の変異の素因を持っていました。
 
BRCA(ビーアールシーエー)変異を持っていると、持っていない方と比べて高い確率で、乳がんや卵巣がんになりやすいということが分かっています。しかし、そういう素因があっても絶対になるわけではないです。
 
もともとそういった素因があっても、環境の要因、喫煙や食事内容、色々なものの影響によって、さらに色々な遺伝子に傷がついてがんは発生します。必ずしも絶対ではないです。
 
「遺伝性乳癌卵巣癌症候群」は、乳がんでも卵巣がんでも、その疾患になった方に限りますが、血液検査でBRCA(ビーアールシーエー)の変異がないか調べ、あった場合は、それに特化した分子標的治療薬が使用できます。
 
一方で、分かることのデメリットもあると思います。自分の子どもや兄弟姉妹、家族がリスクを持っているかも知れないということが分かります。
 
もちろん分かった方がスクリーニングしやすい、検診に行きやすいなどメリットもありますが、中にはそういうことを知りたくない方もいらっしゃいます。
 
こういう病気を疑って血液検査をする際は、遺伝カウンセリングを受けることが勧められています。
 
「リンチ症候群」は、大腸がんです。大腸がんも遺伝する場合があります。必ずしも全員ではなく非常に少ないですが、そういうケースもあります。
 
そして、特徴としては若年化していきます。ある年代でなった方のそのお子さんは、さらに若い年代で大腸がんになるということがあります。
 
例えば、30代20代の若い方で大腸がんになった方は、遺伝性の大腸がんの可能性があります。
 
これは分かることの意義があり、こういった遺伝性の大腸がんの場合は、免疫チェックポイント阻害薬がよく効くことが分かっています。
 
ということで、知ることのデメリットもあるかも知れませんが、そこから新しい治療に結びつけられる時代になってきています。
 
「遺伝性乳癌卵巣癌症候群」と「リンチ症候群」のように遺伝するがんもあり、全てが環境の影響ではないです。

日本のがん治療は特殊?「抗がん剤治療は毒になる可能性もあり、専門性が高いもの」

日本のがん治療は、胃がんであれば消化器外科、乳がんであれば乳腺外科、肺がんであれば呼吸器内科、前立腺がんであれば泌尿器科へ行くと思います。
 
そして、それぞれのところで抗がん剤を投与するのが通例です。しかし、欧米では全く違います。
 
欧米では腫瘍内科医しか抗がん剤を投与できません。それほど専門性が高く、抗がん剤が毒にもなってしまう可能性もあるため、腫瘍内科の専門医が抗がん剤治療をするという決まりになっています。
 
日本は特殊で、昔から外科の医師が手術をする、手術後に再発してしまったら外科の医師が抗がん剤治療もすることになっています。
 
もちろんずっと同じ医師に診てもらうことの安心感もあります。しかし、今はあまりにも複雑化していて専門的ですから、今後は腫瘍内科医に相談していただくことが必要になるかも知れません。
 

医科歯科ドットコム編集部コメント

この日、小岩アーバンプラザの会場には、300人近い聴講者で大盛況でした。新しい医療情報への関心の高さが伺えます。
 
2人に1人ががんになると言われている時代、決して他人事ではないと思います。テクノロジーの進歩により、これまで分からなかったことが分かりつつあるようです。
 
事前に調べてみたり、腫瘍内科医に相談してみてはいかがでしょうか。
 

<講演概要>
テーマ:「次世代がん治療について」
開催日:2020年2月15日(土)
主催:江戸川病院地域連携室
後援:江戸川区ほか
 

講師プロフィール

江戸川病院
腫瘍血液内科医長
後藤 宏顕(ごとう ひろあき)医師
 
<資格>
日本内科学会認定内科医
日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医・指導医
日本緩和医療学会 緩和医療専門医
PEACE PROJECT 緩和ケア講習会・指導者講習会修了
院内緩和ケアチームリーダー
 
<略歴>
2004/3 千葉大学医学部卒業
2004/4 船橋市立医療センター 初期臨床研修医
2006/4 がん研究会有明病院 消化器外科レジデント
2008/4 がん研究会有明病院 化学療法科レジデント
(2008/1-2008/7 がん研究会有明病院 緩和ケア科研修)
2010/4 江戸川病院 腫瘍血液内科
(2011/1-2011/3 聖路加国際病院 緩和ケア科研修)
 
<専門分野>
がん薬物療法(抗がん剤治療)、がん緩和ケア(苦痛緩和)